2020年5月に役割を終えた、JR札沼線の末端区間であった北海道医療大学~新十津川間。ここでは同区間での主要駅だった石狩月形駅と浦臼駅、線路がぷっつりと切れた象徴的な終点・新十津川駅にスポットを当て、鉄道現役当時/代替バス運行開始後に撮影した写真から、それぞれの景色の変化を確かめてみよう。
(記事の内容は、2025年6月現在のものです)
執筆・写真/バスマガジン編集部
※2025年6月発売《バスマガジンvol.129》『鉄道現役当時と代替バス運行開始後を見る』より
■最後のすれ違いポイントだった石狩月形
石狩月形駅は、北海道医療大学から6つ目にあった主要駅の一つ。平家建ての駅舎を構え、島式ホーム1本と交換設備を備えた、最後まで単線の続く札沼線末端区間では最後の、列車のすれ違いが可能な場所であった。
鉄道線の廃止後、しばらくの間は駅舎が残っていたものの後に解体。電柱や信号機等の細かな鉄道用の設備も撤去されている。
2024年5月に確認した時点では、駅跡周囲に舗装路が新設/整備され、ずいぶん広々とした印象に激変。鉄道関連ではプラットホームとレールのほか、駅名標を掲示する枠や列車の方面案内などが残っていた。
その後、札沼線のあゆみを記した案内看板が元駅敷地内に置かれ、残存しているホーム上には駅名標のレプリカが飾られた模様。
■列車本数がギュッと絞られる境界線・浦臼
続いては11駅目にあたる主要駅の浦臼。鉄道時代の2014年頃のダイヤを例にすると、この浦臼駅までは下り7本・上り6本の列車が設定されていたが、ここから先の新十津川方面への列車は上り/下り3本ずつとほぼ半分に減る、ローカル線が更にローカルなローカル線へと変身する境界駅になっていた。
島式ホームに線路が1本だけ通った「棒線駅」と言われるタイプの駅で、1997年に建てられたレンガ/木目調の交流施設が駅舎と待合所を兼ねていた。後年は無人駅であった。
鉄道廃止後は駅跡の隣に交流施設「えみる」が建てられたほか、駅周辺が再整備後「札沼線メモリアルゾーン」として2024年5月にオープンした。
当時のプラットホームとレール、その他現役当時にはなかった踏切警報機等がアクセントに設置され、「鉄道のあった町」の雰囲気を伝えている。元駅舎の建物も、2024年5月時点ではそのままの姿を留めていた。
■元途中駅の終着駅・新十津川
最晩年には1日1本しか列車が来ない駅として、札沼線の象徴的存在となったのが新十津川駅。札沼線は元々、札幌(正確には桑園駅)と沼田を結ぶ鉄道路線だったことから、現在のJR留萌本線(2026年4月廃止予定)の石狩沼田駅までレールが延びていた。
しかし利用が極端に少なかったため、1972年に新十津川~石狩沼田間が廃止され、途中駅だった新十津川が終着駅に変わり廃止まで続いた。
2010年代の新十津川駅は、改装で横寸法が切り詰められた木造駅舎とホーム1本がポツンと置かれ、街の中にありながらも、ひっそりとした雰囲気に包まれた無人の棒線駅であった。途中駅だった頃の名残か、ホームの端ですぐにレールが途切れず、少し先まで延びていたのが印象的。
廃線後は駅舎が取り壊され、プラットホームと一部のレールを残すかたちで公園として再整備。「駅跡地さくら公園」の名称で2023年10月にオープンした。駅の背景に生い茂っていた鉄道林が完全になくなり、鉄道時代と比較すると同じ場所とは思えないほどオープンな空間に生まれ変わっている。
【画像ギャラリー】JR札沼線の2020年廃止区間・北海道医療大学~新十津川間の今昔(16枚)画像ギャラリー





















コメント
コメントの使い方