【画像ギャラリー】旭川電気軌道車両アルバム

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厳しい気象条件の地域で責務を果たした頼もしき車両たち

●日産ディーゼル U-UA440NSN

日産ディーゼル U-UA440NSN<br>富士重工7Eボディを架装した一般路線バス用車両。旭川電気軌道は1992(平成4)年に一般路線バス用車両もエアサスへ変更したが、画像はそれ以前のリーフサス車。同社の基本スタイルである前中ドア(中扉折戸)で、側面方向幕は中ドア前位の腰部に設置されている
日産ディーゼル U-UA440NSN
富士重工7Eボディを架装した一般路線バス用車両。旭川電気軌道は1992(平成4)年に一般路線バス用車両もエアサスへ変更したが、画像はそれ以前のリーフサス車。同社の基本スタイルである前中ドア(中扉折戸)で、側面方向幕は中ドア前位の腰部に設置されている

●三菱 K-MP118N

三菱K-MP118N<br>平成前期に神奈川中央交通から大量に転入した長尺車で、旧来の自社発注非冷房車を急速に置き換え、冷房サービスの向上に貢献した。ブルドッグと呼ばれたこのボディスタイルも今となっては懐かしい
三菱K-MP118N
平成前期に神奈川中央交通から大量に転入した長尺車で、旧来の自社発注非冷房車を急速に置き換え、冷房サービスの向上に貢献した。ブルドッグと呼ばれたこのボディスタイルも今となっては懐かしい

●三菱 K-MS615S

三菱K-MS615S
三菱フルデッカ2ボディを架装した貸切転用車で、撮影当時は旭川駅・旭川空港~旭岳温泉を結ぶ「いで湯号」に使用されていた車両。「いで湯号」は、かつて温泉協会が、旭岳温泉への観光客に無料で乗車できるサービスを提供していた

●日野 K-RV762P

日野K-RV762P<br>こちらは日野製セミデッカの「いで湯号」用車両。屋根に小窓を設けたスタイルの観光バスは、主に70年代半ば過ぎからブームとなり、各メーカーが追随。平成初期にもまだ活躍する姿が見られた
日野K-RV762P
こちらは日野製セミデッカの「いで湯号」用車両。屋根に小窓を設けたスタイルの観光バスは、主に70年代半ば過ぎからブームとなり、各メーカーが追随。平成初期にもまだ活躍する姿が見られた

●三菱 P-MP218P

三菱P-MP218P<br>こちらも神奈川中央交通から転入した三菱エアロスター長尺車。旭川電気軌道の自社発注車は三菱製ボディが中心であったが、こちらは新呉羽製ボディのエアロスターK。車体長は自社発注車と同様で、路線バスとしては最も大きいサイズである
三菱P-MP218P
こちらも神奈川中央交通から転入した三菱エアロスター長尺車。旭川電気軌道の自社発注車は三菱製ボディが中心であったが、こちらは新呉羽製ボディのエアロスターK。車体長は自社発注車と同様で、路線バスとしては最も大きいサイズである

●ボルボ K-B10M

ボルボ K-B10M<br>つくば万博の観客輸送用バスに用いられたのち、東京空港交通が、TCAT(箱崎)~成田空港間空港連絡バスで使用していた連節バス。旭川電気軌道では、高校通学路線の輸送力増強のため、3台導入した
ボルボ K-B10M<br>つくば万博の観客輸送用バスに用いられたのち、東京空港交通が、TCAT(箱崎)~成田空港間空港連絡バスで使用していた連節バス。旭川電気軌道では、高校通学路線の輸送力増強のため、3台導入した
ボルボ K-B10M
つくば万博の観客輸送用バスに用いられたのち、東京空港交通が、TCAT(箱崎)~成田空港間空港連絡バスで使用していた連節バス。旭川電気軌道では、高校通学路線の輸送力増強のため、3台導入した

●三菱 P-MS729S

三菱P-MS729S
現行貸切バスカラーをまとう三菱エアロクィーンMで、京阪国際観光バスから転入した車両。撮影当時は春光営業所管内を分社化した「あさでん」の所属車であった。後部サロン座席部分が固定窓となっている

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