歩行者の挙動を見ながら備える
記者などよりも運転士の方がはるかに注意していて、慎重にバスを走らせていることに疑いの余地はないが、それでも周りを見ながらこの区間だけはいざというときに備えている。それほどヒヤリハットが多い区間だ。
かなり以前の話だが、渋谷駅から渋66系統に乗車して西武百貨店前を出て、宇田川町交番手前まで走ったあたりで歩行者が車道に飛び出してきた。運転士は慌ててブレーキを踏むとともに、クラクションを吹鳴してバスを停めた。
バスのブレーキはエアブレーキを採用しており、乗用車のブレーキとは仕組みも効き方もまったく異なる。普段はこのブレーキを「舐めるように」踏む。
そうしないとすべてが急ブレーキになってしまうほど、バスのブレーキは強力に効く。車種や乗車旅客数により異なるが、およそ14トンものバスを止めるのには相当の制動力が必要なのだ。
幸い事故はなかったが…
幸いにもバスはバシッと止まり、人との接触はなく交通事故には至らなかった。車内は全員が着席しており立席はなかったが、運転士は急制動の理由とその後の状況を乗客に詳しく説明。
次の宇田川町を通過するまで繰り返し車内放送でケガや気分の悪い人がいないかを尋ね、遠慮なく申し出るようにアナウンスを続けた。
こちらも幸いなことに乗客からの申告はなく、車内事故もなかったのだが最も冷や汗をかいたのは運転士ではなかったかと推測する。
運転操作をする運転士が交通事故を起こさないのは当然だ。しかしほかの交通や歩行者の挙動による交通事故を未然に防ぎ、かつ車内事故にも気を配らなければならず約款の上では、または運行規則の上では当たり前のことなのかもしれないが、運転士の対応には頭が下がる思いをした。
交通事故と車内事故の区分
これまで交通事故と車内事故とに分けて述べてきたが、人身事故という点では特に区分はなく、交通事故が起きなくて車内事故だけが発生したとしても、一般的な交通事故と同じ扱いになる。
第一義的には運転士が刑事上・行政上の責任を負うことになるのだ。当然だが警察官による見分(けんぶん)が行われ、運転士には刑事罰や免許証にかかわる行政罰が課される場合がある。
事故というものは起こそうとして起きるものではなく、注意しておけば未然に防ぐことができる場合もあるので、バスに乗車中は座席が空いていれば優先席でも着席をし、立席の場合は手すりにつかまり、発車時と停車時は特に大きな加速度が加わるので意識するだけでかなり変わるだろう。
歩行者として歩くときには「まさかこんな狭いところをバスが来るなんて!」は通用しない。自動車と歩行者の事故ではたいていは自動車の方が責任が重くなるが、そんなことよりもバスに接触してしまっては一大事だ。
酒を飲んでいようが仲間とふざけていようが、止むを得ず車道に出る際には、指差呼称までとは言わないが、せめて前後左右の安全確認はしておきたい。
運転士はクラッチのつなぎ方やブレーキのかけ方を、乗客への加速度の影響がなるべく小さくなるように訓練を積んでいるが、交通事故を回避するための急ブレーキだけは止むを得ないので躊躇せず踏む。
レールの上だけを走る鉄道や、管制を受けて自動操縦で航空路を飛行する航空機、港内や航路以外は自由に航行する船舶とは違い、不特定多数が行き交う複雑な道路交通の特性を理解してバスに乗車していただければ幸いだ。
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