激戦の大阪-佐賀線に挑んだ昭和自動車 最後の夜行便「サガンウェイ」【高速バスアーカイブ 第4弾】


 1983年大阪~博多間、阪急バスと西日本鉄道の2社共同運行によるムーンライト号が開業した。今までにない2社相互乗り入れ方式。この路線が成功し、この2社によっていくつかの夜行路線が開業した。その中に昭和自動車の[サガンウェイ号]の姿もあった。

執筆/写真:石川正臣(バスマガジンvol.81より)

【画像ギャラリー】超激戦路線に挑んだ堂々たる生き様のサガンウェイ!!


終点はちょっと地味めながらも需要はあった

サガンウェイ号
[昭和自動車/相手会社:阪急バス、西日本鉄道]
大阪梅田〜佐賀・唐津

 この同じ区間では、途中停留所を通過するノンストップ・ムーンライト号、大阪から北九州経て後藤寺まで運行するムーンライト号、さらに博多を南下して福岡南地区に至るちくご号、そして今回紹介するサガンウェイ号があった。

大阪梅田での乗車風景。巨大鉄道駅では必ずと言っていいほど長距離バスの需要も高い

 サガンウェイ号は大阪梅田から福岡市内を高速で通り抜け、佐賀、そして唐津へと至る夜行高速路線だ。

 出発のための荷物整理しているとき、今度どこへ行くの? なんて聞かれ、佐賀、というと「え?」と聞き返される。地味な(?)県名であることがよくわかる(失礼!!)。

 意外と唐津、なんていうと唐津くんちで知られているのか、関東でも知っている人は多い。佐賀を有名にしたかったのか、お笑い芸人のハナワが名誉県民に任命された。そして知名度は序々に広まっていった。

 大阪・阪急三番街で、いつものように夜行バスを待つ。やがて緑の車体が輝くサガンウェイがやって来た。上記4路線は同じ2社で運行してきたが、このサガンウェイの新規開通で新たに昭和自動車が加わった。

 大阪・キタの繁華街梅田。阪急三番街にある阪急高速バスの大阪梅田ターミナルは、夜になると各地への夜行バスが着車しては発車していく。ドル箱の新潟行きおけさ号が出発したあと、緑色の昭和自動車のバスが到着した。先ほどのおけさ号は台数を連ねて出て行ったが、こちらは寂しく1台のみだった。

 一部途中からの乗車予定者以外はほぼ座席も埋まり、定刻の発車だ。乗務員の挨拶、車内放送と続く「本日は昭和の高速バス、サガンウェイをご利用いただき誠にありがとうございます……」社名、高速バス、愛称名と続くパターンは初耳だったが、その後、各地・各社で聞かれるようになった。

わずか4年の運行という短命に終わったサガンウェイ

車内の様子。右側4列には個室風のカーテンがつけられたプライバシー仕様

 出発してしばらくすると消灯前の休憩。その時乗務員が個室カーテンを引いた。各席一枚物のカーテンだったが、L字型で片付けもしやすく、クリーム色というカラーリングも親しみやすかったが、今でも他社での採用は少ない。

 消灯し、中国道を西へ。福岡行きの各便は関門大橋で朝を迎えるが、さらに西へと向かうため九州入りしたのは早朝の5:00だった。

 九州自動車道から長崎自動車道に入り、金立(きんりゅう)サービスエリアで朝の休憩の後、佐賀大和インターで高速を降りる。

 広大な佐賀バスターミナルで半数近くが降車し、残る乗客は多久バスセンター、そして唐津バスセンターで降車して終点の唐津シーサイドホテルに到着した。その名のとおり海の美しいホテルだが利用者がいなかったのは残念。

 1989年夜行開業が続くまっただ中に開業。しかし4年後の93年夏に運行を取りやめた。翌年90年には同社において2路線目の大阪ミナミ行きも開業したが、こちらは2年後の92年に運行終了、続くサガンウェイも開業から4年後の93年に運行をとりやめ、昭和自動車は夜行便に終止符を打った。

 しかし前述の車内放送や個室カーテンの色彩、L字型レールの使い勝手の良さなど、実はバス以外の施設でも使用されている。病院の入院病室カーテンで同じものを発見・確認した。思い出に残る昭和自動車の高速バスサガンウェイ、いつまでも忘れずにいたい。

【画像ギャラリー】阪急、西鉄とガチンコ勝負!!