富士急山梨バス路線図から読み解く『大月 桃太郎伝説』を探る~バス停に刻まれた知られざる民話の歴史を読む~


 バス事業者とそれに関わる歴史をたどるこのコーナー。長く紡いできたバスの歴史を振り返るバスマガジンの人気連載が「バスのちょこっとヒストリア」だ。

 バスタ新宿から中央高速バスに乗って中央道を下ると富士五湖線との分岐点が近づくにつれ大きな岩壁の山が目の前に飛び込んでくる。威容を誇るこの山の名前は岩殿山といい、『大月桃太郎伝説』が語り継がれている。

執筆・写真:諸井泉
参考文献:大月桃太郎伝説(大月の民話を語り継ぐ会)/大月桃太郎連絡会議事務局資料
※2017年11月発売「バスマガジンVol.86」より(特記を除く)

【画像ギャラリー】桃太郎伝説の名残とその近くを走るバス


桃太郎の家来となった犬・猿・雉をイメージさせるバス停

昔、赤鬼が住んでいたと言い伝えられる岩殿山を背後にして走る富士急山梨バス

 岩殿山には戦国時代、武田家の家臣「小山田氏」の居城・岩殿城があり、その地形を利用した城は強固な要寒となっていた。現在でも岩殿山は大月市のシンボル的存在の山となっているが、その昔、赤鬼が住んでいたといういい伝えがあり、『大月桃太郎伝説』という民話も存在する。

 富士急山梨バス大月営業所と上野原営業所で入手したバス路線図(停留所一覧表)には、桃太郎が生まれたという「百蔵山登山口」、そして桃太郎の家来となって鬼退治に活躍した猿、鳥、犬を頭文字にした「猿橋」「鳥沢駅前」「犬目」といったバス停までもが存在する。この大月に伝わる桃太郎伝説についてバス路線図を足掛かりに探ってみた。

 大月駅前から富士急山梨バス日陰行きに乗って岩殿で下車、岩殿山の麓にある現在は廃寺となっている円通寺跡に向かう。ここを訪ねたのは「桃太郎地蔵」なるお地蔵さんがあると大月駅前の観光案内所で聞いたためである。

 バス停を降りて歩くこと数分、円通寺跡の本堂は通りに面しているのですぐわかったが、肝心のお地蔵さんがどこなのかがわからない。本堂の裏手に回ってようやく見つけることができた。

猿橋にある猿の銅像は左手に桃を持っている

 人知れず立っているお地蔵さんではあるが、よく見ると左手に桃を持っている。しかも船に乗っており、鬼が島に鬼退治に向かう桃太郎そのものという感じである。大月桃太郎伝説を裏付ける有力な証拠といえる。なお、この岩殿山には鬼が隠れていたといわれる「鬼の大洞窟」がある。

大月の桃太郎伝説は岡山よりも古くから語られていた!?

 次に向かったのが「猿橋」である。最寄りの猿橋バス停は大月駅から浅川行・上和田行・小菅の湯行に乗車するが、運行本数も比較的多く便利だ。猿橋は岩国の錦帯橋、富山県黒部川の愛本(あいもと)橋と並ぶ日本三奇橋のひとつで、たくさんの猿が弓のように連なって対岸へ渡っていく姿をヒントにして作られたそうだ。

 猿橋バス停を降りて猿橋に向かうと橋の手前に駐車場があり、その脇にある公衆トイレの裏手に猿の銅像がある。よく見るとこれまた左手に桃を持っており、これもまた桃太郎伝説の裏付けとなりそうなものだ。

 猿橋宿と犬目宿に挟まれた鳥沢は、鳥沢宿があったところ。江戸時代の大火以降、道幅を広くとっていたおかげで国道開通後も建物が残った珍しい地域だ。どっしりとした街並みが往時の繁栄を偲ばせている。

猿橋近くに位置している富士急山梨バス大月営業所

 犬目宿のあった「犬目」バス停は旧甲州街道に位置しており、ここを訪ねるには1日わずか2本のバスに乗らなければならない。よってここは日を改めて訪ねてみることにした。

 旅の最後に大月駅前に店を構える古民家麺処「かつら」ののれんをくぐってみた。ここでは大月名物のおつけだんごが食べられる。旬の野菜と小麦粉のだんごを味噌で煮込んだだんご汁である。岡山の桃太郎伝説では、桃太郎は家来となった猿・雉・犬にきびだんごを与えているが、大月ではこのおつけだんごを与えている。

 今回、富士急山梨バスの路線図を頼りに大月桃太郎伝説ゆかりのバス停を訪ねてみたが、桃太郎伝説を裏付ける十分な手掛かりを見つけることができた。時代背景を知るものとしては、1890(明治23)年に菱川春宣によって描かれた桃太郎の錦絵がある。この錦絵の背景には富士山が描かれており、大月桃太郎伝説を知る重要な参考品であり時代は明治だ。

 岡山の桃太郎伝説が昭和に生まれたことを考えると、桃太郎伝説の発祥地は岡山でなく大月なのかもしれない。桃太郎が家来に与えたのはきびだんごであるが、いつかきびだんごからおつけだんごに変わる日が来るかもしれない。

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