MP117K型1台が現在も動態保存。一般路線でも運行中
沖縄バスと琉球バスが運行する屋慶名線(那覇~屋慶名)など、所要2時間に達するような路線も1日120往復を超える便数が運行されていた。一方、国道58号線や、那覇市内国際通りの渋滞は激しく、定時性を大きく欠いており、バス離れが深刻化する時期だった。
こうした経営上の問題から、大量導入を図ったナナサンマル車の計画的な老朽取換が進められず、やむなく多くのナナサンマル車が県内に残ることとなった。それでも沖縄バスは、本土大手事業者では唯一倒産を免れ、数は多くないものの新車の投入もコンスタントに続けられていた。
●MP517M
ナナサンマル車の置き換えは1996年から一気に進められ、本土の中古バスがこの代替として充てられた。新車の導入も行っていた沖縄バスも同年、路線バス用に元自家用の中古車を導入、一定の期間は新車導入が貸切バスに限られ、路線バス用車両には専ら中古バスの導入が続いた。
沖縄バスのナナサンマル車はこうして急速に数を減じたものの、MP117K型1台が現在も動態保存されており、一般路線でも運転されている。
平成初期は車両の面でも戦後復興の象徴と言えたナナサンマル車の世代交代が始まるとともに、バス事業者のあり方、路線のあり方などが根本から見直される契機となる、大きな変化の始まりであった。