海外勢に押され気味の電気バスのマーケットにおいて、初の国産車としてデビューを迎えようとしているエルガEV。そのプロファイルは言わずと知れた世界に誇れるいすゞの名車だ。
いま迎えようとしている新時代のバス業界を一新させる実力が確信できるニューモデルを、バスマガジンが独占で試乗、そのポテンシャルを徹底分析!!
(記事の内容は、2024年3月現在のものです)
執筆/近田 茂、写真/上田穂高
※2024年3月発売《バスマガジンvol.124》より
■国産ならではの品の良さとメーカーの安心感
今回、本誌独占試乗が許されたエルガEVは、ジャパンモビリティショー2023に出展されて注目を集めたモデル。量産品ではなく、開発途上にあるプロトタイプであることをまずはお断りしておきたい。
試乗ステージは、同社の藤沢工場内にある「いすゞプレミアムクラブ」。そこに設けられている1周2.6kmの専用コースだ。
車両開発の構想は2020年にスタートし、2023年には実走可能な試作車が完成。路線バスの国産ブランドによる(半世紀以上前に存在した過去の電動バス以来)初のBEV誕生である。
今回の試乗撮影車は、外板パネルなど一部が手仕上げで化粧された物だが、美しい先進的なフォルムからは、すでに日本のバスらしい気品が漂ってくる。
開発コンセプトの柱は2つ。1つめは、世の「カーボンニュートラル社会実現」への取り組みのひとつとして路線バスに求められたBEV開発への対応。
いすゞでは小型トラックのエルフEVで2019年からモニタリングを開始し、2023年には量産開始。現在は販売バリエーション展開の拡大にまで至っている。今回取材対応頂いた開発陣のお話では、エルガEVもそれと並行する形で技術開発が進められたそう。
2つめは、車内事故ゼロを目指す安全への要求に対応し、座席からの乗降で転倒事故を抑制するために、フルフラットフロアを構築。従来は常識的だった雛壇と呼ばれる車内のフロア段差をなくした新しいデザインを実現した。
さらに滑らかな発進や加速、減速や停止に至るまで、シームレスな乗り心地を可能にするEVシステムならではの、スムーズな走行性能が追求されたことも見逃せない。
エンジンやミッション、プロペラシャフトなど、従来存在した駆動系一切を無くすことができたBEVだからこそ許されたパッケージングデザインが、広い室内空間と低床エリアの拡大に貢献した。
全長は街中の路線バスで使われることが多い10.5m。全高は内燃機のエルガより285mm高い3330mm。リヤのオーバーハングが470mm伸ばされ、EVの主要システムは後部に集約搭載。2015年ノンステップ認証制度(フロアまでの地上高270mm以下)をクリアする乗降性の確保にも抜かりは無い。
2分割された220kWのリチウムイオンバッテリーモジュールは前方頭上に1つ、1つは後方床下に搭載。動力には既に欧州で実績のあるAxTraxAVE電動ポータルアクスル(ZF製)を搭載。後軸の左右に独立した2モーターはそれぞれ125kWの出力と480Nmのトルクを発揮する。
■「気は優しくて力持ち」。素直な操縦性が好印象
φ460mmのステアリングホイールを握り、早速コースイン。基本的運転操作は通常のオートマチック車と何ら変わらない。しいていえば、サイドブレーキ操作が乗用車的なEPB(電動パーキングブレーキ)スイッチ式になっていた点ぐらいだろう。
運転席左手のプッシュボタンで「D」を選び、ブレーキを放せばクリープで静かに発進する。そのまま右足のスロットルペダルを踏めば至って穏やかに、かつ優しくスムーズな加速を実感できる。
乗客に配慮した穏やかな加速Gの扱いがたやすい。しっかりとズ太いトルクに裏打ちされた上での素直な操縦性は好印象。
実は立ち上がり加速の鋭さは侮れないポテンシャルの持ち主だが、「気は優しくて力持ち」の典型を体感させてくれ、その扱いやすさとスムーズな走りには脱帽。
全開加速をすると当然電力の出力はメーター読みで100%を示すが、市街地で発進停止を繰り返すごく一般的な使い方では、30%も満たない領域でこなす。
テストコースなので、最高速度まで試したが時速70kmを超えたあたりから電気出力がセーブされる。スロットルは全開でも平地のクルージングではやはり30%程度。
スロットルを戻せば回生充電が働き、使用した電力の一部が戻ってくるからうれしい。ちなみに回生の強さは左手レバーでOFFと強・中・弱の3段が選択可能だが、乗客に配慮した穏やかな減速操作を考えると“弱”にして優しいスロットルコントロールに専念するのがお勧め。
回生は時速10km程度まで効果を発揮してくれ、あとはフットブレーキをひと踏みすれば良いので、ブレーキの使用頻度も格段に節約できる。
エアサスペンションはストロークを活かしたフットワークを発揮し乗り心地も良い。直進安定性も優秀。フロントにスタビライザーが装備され、ゆっくりとしたロールも不安の無い挙動に上手く調教されていた。
今回の走行は34km。バッテリー残量計では12%を消費。概算すると約280km走れる計算だ。実用上はそこまで伸びないだろうが、バス事業者のニーズに対して90%をカバーする航続性能が確保されたと言うその実力は、確かなレベルに仕上がっていると判断できるだろう。
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