バス運転の制服は電鉄系の事業者が多いので、鉄道会社のそれと似ているか同じというケースが多い。しかし最近は制帽を廃止したり、夏服を簡略化してノーネクタイのクールビスからポロシャツまでさまざまなものがある。果たしてこの方向でいいのだろうか。少し考えてみた。
文/写真:古川智規(バスマガジン編集部)
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■そもそも制服とは?
制服は狭義では警察棟の法執行機関や軍隊、あるいは学校や民間の会社において、所属する者が着用するものである。制服の外向けの目的としては、内部と外部の人間を識別するためであり、組織によっては身分や階級を容易に識別できる機能を持つことであろう。
そして内向けの目的としては、所属意識や連帯感を高め規律ある行動を制服により求めることであろうか。そして最近では特に学生の制服に見られるように、魅力的な制服自体を入学の目的としてもらえるような、人材募集の機能も見え隠れする。もちろん、法執行機関や軍隊の制服には古くから着用に対するあこがれや、規律ある組織に見えることへの宣伝効果もないとは言えない。
運輸機関においても同様に制服に対するあこがれが、なりたい職業や就職への強い関心の要素の一つになっていたのは事実だ。バスの運転士や鉄道の現業職員、船舶職員たる海員や航空機の操縦士の制服はその最たるものだろうか。しかし現在では収入や責任に対するイメージが悪く、制服だけに頼り人材を募集することはほぼ不可能と言っても良い。
■制服に対する潜在的なイメージ
運輸機関の制服は昔からいわゆる「お堅い」イメージがある。きっちりとした、換言すれば軍人や警察官のような威厳のある制服がほとんどだった。しかし近年は制帽を廃止し、上着やネクタイも廃止し、ラフな制服にする事業者が増えてきた。
実際に運転士の要望で、動きやすく洗濯が容易で、心地よい環境で運転をしたいという切なる思いから従来の制服が廃止された経緯は承知している。それはそれでいいことだとは思うし、否定するものでない。
しかし、制服に対する大げさかもしれないが畏敬というものは確かにあり、昨今問題になっているいわゆるカスタマーハラスメント(カスハラ)は、運転士や鉄道の現業職員に対して持っていた多少なりの畏敬が消え失せたからなのではないかとも思える。
統計を取ったわけでもなく、本稿は記者のオピニオンであり論文ではないので、正確なことは分析結果としては語れないが、昔は威圧的な運転士や鉄道職員が問題になることはあっても、カスハラという問題はほとんどなかったように思える。
■制帽の機能とは?
制帽には制服以上の機能はほとんどない。なくても実務上は何の問題もない。よって廃止されたのは自然の流れだろう。しかし、船長や航空機長の制帽が廃止されたかと言えば、最近設立されたLCCは別として、概ね従来の様式を踏襲している。これも制服と概ね同じ理由なのだろう。
もっとも機長や船長は、仕事の従事中は旅客と顔を合わせることはなく、操縦に従事中は制帽をかぶる必要もないが、バスはワンマン運行で始発から終点まで旅客と顔を合わせることから一度制帽をかぶれば、回送になるまで制帽を取ることができないという違いはある。
それでも、従来の形としての制服や制帽の意義や隠れた「威厳を示す」という機能をそう簡単に捨てても良いのかという疑問は残る。時代の流れもあるのかもしれないが、制服が世間に与えるイメージは決して小さくはない。



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