■経済上の問題
日本はデフレに悩まされ賃金がほとんど上がらなかった失われた30年を経て、一気にインフレで狂乱物価とまではいわないが、賃金の上昇が物価高騰に追い付かず家計を苦しめる悲惨な構図に陥っている。
これは国民個々の経済状況もさることながら、制服については会社としてのバス事業者においては深刻な問題なのである。従来の制服や制帽等を運転士に支給するよりは、廃止すべきものは廃止して、簡略な被服に変えた方が経済的なメリットが多い。
笑えない事実としては、多くの事業者で入社人員よりも退職人員の方が多いのだから、入社した運転士に新たに支給した制服があまり使われないまま退職して使用されなくなる。それらをストックしておいて、新たに入社した運転士にとりあえず新しいものができるまでサイズが合う「中古品」を使用してもらっておくことは可能だ。
しかし最終的には、やはり新しい制服を作らなければならないので、その経費だけでも莫大なものになってしまう。その無駄を省くために制服が簡略化していったという見方も間違いではないだろうし、昨今の経済状況では削れる経費がすでになく制服にまで手を付けなければならなくなっている事実については一定の理解はできる。
■乗客の立場から
果たして乗客の立場からはどうなのだろうか。記者は乗客として運転士にクレームを言ったことはないが、運転士もしているのでクレームを言われたことはある。記憶をたどると、そのほとんどは遅延に対するものだ。話としては簡単で理解しやすい。
記者はクレームからカスハラにまで発展したケースは経験したことはないが、他の事例を見ているとたいていが運転士を最初から見下しているケースが非常に多いと思われる。こういう人たちは弱いものに強く、強いものに弱いのが常だ。見た瞬間に自分なりの序列をつけ、相手が自分より下であれば攻撃可能な心理になってしまうのだろう。
では、何を根拠に序列を付けているのかといえば、「パッと見」でしかないだろう。もし第一印象なのであれば、ここに制服と制帽の意義が出てくるのではないだろうか。確かに運転士にとしては制服や制帽は扱いや環境が厄介なこともあり、ない方がいいという意見も多かろう。しかしカスハラはなくせなくても、減らす効果はあるのでないかと考える。
■議論が必要だが…
これらの主張はあくまでも記者のオピニオンなので異論はあるだろうが、それも含めて果たして今の流れのままでよいのかどうか、一度「制服」というものの原点に立ち返って考える必要があるのではないだろうか。もっとも現状では経済的な事情も考慮しなければならないのは言うまでもない。
「国民的な議論」のような大げさなことを言うつもりはないが、試行錯誤して少しでも運転士不足のひとつの原因でもあるカスハラ問題が減少すれば、解決に結びつきそうな気がしてならないのである。
【画像ギャラリー】【バス運転士不足問題】どんどん簡略化しているけど本当にいいのか?制服について考えてみた!(6枚)画像ギャラリー








コメント
コメントの使い方