■元々はグチャグチャだった?
日本で道路の左側通行が叫ばれ始めたのは1872(明治5)年、当時の東京府が「馬車規則」の中に、馬車は互いに左に寄るよう通達したのが、記録に残っているものでは特に古い。
その後1881(明治14)年に施行した「人力車取締規則」でも左側通行が原則とされた。しかしこの時代、大阪府では「右を通れ」と通達している場所もあったらしい。
さらに、当時の軍隊では右側通行を採用していたため、馬車は左を通ってやるが他は問答無用で右を通るぞ、のような論調も強かったようで、左も右も混ざり合ってグチャグチャだったのが実態だったのかも知れない。
■警視庁が決めた現代の左側通行
その後、公道を往来する車輪付きの乗り物が増えた関係から、交通事故を防ぐ目的で、1900(明治33)年に警視庁が「道路取締規則」を制定した。これに左側通行が含まれており、今日の交通ルールの元になったと伝えられる。
制定にあたって深く関わっていたのが「松井 茂」という人物で、1924(大正13)年の警察協会雑誌への寄稿文を要約すると、「以前から左側通行奨励があったのを踏まえつつ、武士道の話も参考にした」といった理由で左側通行を採用したそうだ。
世界的に見ても超絶に珍しい日本の左側通行。過去の文献を通して、定着までは長く険しい道のりを歩んできた様子が想像できるものの、決定的な理由は意外とアッサリしたものだったらしい。
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