記者はバス業界を外側から取材して記事にしてきたが、東京都港区のフジエクスプレスにバイトで臨時運転士として入社した。バス運転士日誌として一人前になれるかどうかの連載は、最初期の空車教習に突入する。
文/写真:古川智規(バスマガジン編集部)
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■まずは路線を回ってみる
最初期の教育として、富士急行グループの合同研修に参加するまでの3日間は営業所内でのバスの取り回しや、営業路線の実地訓練を中心とした教習が行われた。
一方通行かつ雑踏の中を中型バスで走らせるのは恐怖だ。新橋駅付近では、路上駐車が多く、その陰から歩行者が横断歩道を無視して縦横無尽に現れ、1車線道路を曲がると配送用トラックが駐車しているというややこしいところを慣れる目的で徹底的に走らされる。
最初期では路線を覚えるとかバス停を覚えるとか、そういうことは無関係にバス路線があるとは思えない雑踏の中をひたすら走り続ける。訓練のためにわざと通りづらいギリギリの場所を選んでいるのだろうと思っていたが、そこにバス停があるのを見て絶句した。そこは習熟のための架空コースなどではなく、正規のコミュニティバスの路線だったのである。
■AMTに翻弄される
中型の日野レインボーの大きさは、全長9メートル、全幅2.3メートルだ。一般的な大型路線バスが全長10.5メートル、全幅2.5メートルなので、運転している身からすると、このわずかな差が狭い道でも走りやすいと感じるほど大きいのだ。
フジエクスプレスの路線車はこの日野レインボーと、小型の日野ポンチョ、ほぼ同型のEVモーターズ社製のEV車しかないが全車両がAT車である。クラッチ操作を必要とするマニュアル車は高速車と貸切車しかない。よって路線組の記者はAT車しか運転しない。その中でも主にAMT(オートマチックマニュアルトランスミッション)を搭載した車両で訓練を行っている。
AMTとは乗用車と同様にDレンジでオートマチック車として走れる他、マニュアルモードで運転士が任意にギアを選択して走行できるシステムである。もちろんクラッチ操作は自動制御なので必要ない。普通乗用車で採用されている車種もあるのでご存じだろう。
このAMT車は運転士の間で評判が良いとは言えないが、配車されているためこれで訓練を進めるしかない。しかも訓練のため教官からATモード使用禁止令が出され、必ずマニュアルモードで1速発進からスタート(通常バスの2速発進する)するように告げられた。
よって周囲の交通への注意、路線の確認、バス停の位置を把握することに加えて、運転操作にクラッチは必要ないもののマニュアルでのギアチェンジが必要になる。これが慣れずにぎくしゃくして自分でも不快なギアチェンジになってしまった。
■行きはよいよい帰りは怖い
このマニュアルモードは半日で慣れて自然な変速ができるようになったが、1つの路線をやってみようということになり、営業所から始発地までの回送ルート、往路のルートとバス停の位置、停車の仕方とドア扱いを全停留所で行う。往路は教官が目標物や周囲の景色についてバスガイドの如く詳しく教えてくれるので、ある程度は運転に集中できる。
往路の終点に到着してバスを停車して休憩をした。教官と世間話をしながら駅のターミナルを行き交うバスの運転を見ながら過ごした。これが教官の作戦だとも知らずに。
さて、復路のスタートである。大型の高速バスやタクシーが停車している間のバス停に付けて、ドア扱い後に発車する。「帰りは何も言わないから路線をもと来た道を通ってバス停に停車して帰って!間違えたら言うけどそのまま走り続けていいからね。正規のルートに戻すから、その後にまた自分の思ったルートで元来た道を戻ってください」と、のたまう教官。少しは覚えていたが、休憩中に世間話をしている間にすっかり忘れてしまった。これが教官の作戦だったのだ。
途中で2度もルートを間違え、正規のルートに戻ってやり直しを繰り返した。間違えたからこそ、その場所を覚えるのでむしろ間違って構わないという教官の教育の仕方は、なるほどと思わせる理論があった。2往復目で路線とバス停は間違えずに行くことができたので、あと数回乗ればこの路線は覚えるだろう。
問題は、バス停の位置だ。当該路線は都営バスの停留所と共用するバス停と、都営・フジエクスプレスそれぞれの単独バス停が入り乱れるので、停車場所を間違えると大変なことになる。また、往路と復路が同じバス停というウソのような区間があり、どちら向きのバスなのかを案内しないと誤乗が発生する。コミュニティバスあるあるなのだろうが、そんな苦労もしながら路線を覚えていく。
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